スウェーデンの市民社会とは?民主主義と福祉を支える「市民の力」



8月23日の日曜日、ストックホルム中心部の街路は大勢の人々で埋め尽くされました。大規模な気候デモが行われ、5万人を超える人々が参加しました。呼びかけに加わったのは、環境団体だけではありません。
労働組合、研究者、宗教団体、人権団体、若者の団体など、280を超えるさまざまな組織が参加し、街を歩く人々の姿も実にさまざまでした。
若者たち、ベビーカーを押す子ども連れの家族、中高年の人々、そして歩行器を使いながら参加する高齢者の姿も見られました。年齢も背景も異なる多くの人々が、それぞれの立場から社会に関わろうとしている。その光景そのものが、とても印象的でした。
このデモが行われたのは、9月13日に予定されているスウェーデンの総選挙、地方選挙、県議会選挙のわずか数週間前です。したがって、この時期に大規模なデモが行われたことは偶然ではありません。
選挙を前に、気候問題をより重要な政治課題として取り上げてほしいというメッセージを、政治家や有権者に届けることも目的の一つでした。
しかし、この出来事を見て私が改めて考えたのは、気候問題そのものだけではありません。日本からスウェーデンを訪れる方々に、スウェーデンの福祉社会について説明する際、私がよく強調することがあります。
それは、スウェーデンの社会は、政治家や行政、公共機関だけによって形づくられてきたのではないということです。
市民が自ら組織をつくり、声を上げ、社会を変えようとしてきた歴史があります。今回のストックホルムのデモは、そうした伝統が現在も生き続けていることを改めて感じさせる出来事でした。
市民運動の長い歴史
スウェーデンには、市民運動や市民団体の長い歴史があります。19世紀から20世紀初頭にかけては、労働運動、禁酒運動、自由教会運動などが大きく発展しました。
その後も、女性の権利、平和、環境、子どもの権利、障がい者の権利、高齢者の生活など、さまざまな課題をめぐって新しい運動や団体が生まれてきました。
それぞれの団体が目指していたものや政治的な考え方はもちろん異なりますが、共通していることがあります。
それは、人々が一人ではなく、仲間とともに集まり、自分たちの生活や社会をより良くしようとしてきたことです。スウェーデンでは、こうした市民団体や地域の組織での活動が、しばしば「民主主義の学校」のような役割を果たしてきたとも言われます。団体の中では、会議を開き、役員を選び、異なる意見を聞き、自分の考えを説明し、時には妥協しながら、皆で決定していきます。また、自分たちの要求を整理し、自治体や行政機関、政治家と対話することも学びます。
このように考えると、民主主義とは、4年に一度選挙で投票することだけではありません。選挙と選挙の間に、市民がどのように社会に関わるか。そこにも民主主義の重要な部分があります。
福祉は上から与えられただけではない
この視点は、スウェーデンの福祉社会を理解するうえで特に重要だと思います。日本からの視察では、自治体の行政、障がい者支援、高齢者介護、医療など、さまざまな福祉制度や現場を訪れます。
その際、政治家や行政が社会の課題を見つけ、それに対する制度やサービスを市民のためにつくってきた、という印象を持つこともあるかもしれません。もちろん、それも事実の一部です。
しかし、社会の変化は常に上から下へ起こってきたわけではありません。逆の方向から生まれた変化もたくさんあります。社会の課題を実際に経験している当事者が、自ら組織をつくり、声を上げ、制度の変更を求めてきました。
つまり、市民社会は福祉国家を補完してきただけではありません。福祉国家そのもののあり方にも大きな影響を与えてきたのです。
障がいのある当事者が制度を変える
その分かりやすい例の一つが、障がい者福祉の分野です。かつて、重い障がいのある人は主に「介護や支援を受ける人」として捉えられることが多くありました。
どのような支援を受けるか、誰から支援を受けるか、日常生活をどのように送るかについても、本人以外の人や専門職が大きな決定権を持つことが少なくありませんでした。
1980年代になると、スウェーデンでもIndependentLiving運動(自立生活運動)が次第に大きな影響を持つようになります。
1984年には、重い障がいのある当事者たちによってSTILが設立されました。その中心にあったのは、自己決定という考え方です。障害があっても、自分の生活について自分で決める。
誰から支援を受けるのか、いつ支援を受けるのか、そしてどのように支援してもらうのかを、可能な限り本人自身が決めるべきだという考えです。
STILはスウェーデンでパーソナル・アシスタンスの仕組みを実際に試し、発展させていきました。こうした経験は、その後1990年代に行われたパーソナル・アシスタンス制度の改革や、LSS法の成立にも重要な影響を与えました。
この例が興味深いのは、大きな制度改革が政府や国会、行政機関だけから生まれたわけではないという点です。実際に支援を必要としていた人々自身が組織をつくり、「もっと違う形で支援を受けることができるはずだ」
と社会に示したのです。彼らは単なる福祉サービスの利用者ではありませんでした。福祉制度をつくり変える側でもあったのです。
高齢者も自ら組織してきた
同じような歴史は、高齢者の分野にもあります。スウェーデンの高齢者団体には長い歴史があります。
現在のSPF Seniorerna(スウェーデン・シニア協会・スウェーデン国内で最大規模を誇る高齢者・年金受給者のための非営利・任意団体)につながる組織は1939年に設立されました。
当時、多くの高齢者は非常に厳しい経済状況の中で生活していました。その後、高齢者団体は年金、住宅、医療、高齢者介護など、さまざまな課題について高齢者自身の立場から意見を発信してきました。
現在でも、複数の大きな高齢者団体が全国や地域レベルで活動しています。政治家や行政担当者と話し合いを行い、高齢者自身の経験や意見を政策に反映させようとしています。
例えば、多くの自治体には高齢者協議会があり、高齢者団体の代表者が定期的に自治体の政治家や職員と意見交換を行っています。
こうした仕組みは、高齢者施設を訪問するだけではなかなか見えてきません。しかし、スウェーデンの高齢者福祉を理解するうえで、とても重要な部分です。
福祉サービスを利用する人は、単にサービスを受け取るだけの存在ではありません。自分たちが利用する制度やサービスについて、意見を述べ、影響を与える存在でもあるのです。
民主主義は選挙と選挙の間にもある
もちろん、市民社会の団体が常に正しいわけではありません。異なる団体がまったく異なる意見を持つこともありますし、社会全体がその主張に賛成するわけでもありません。
しかし、それこそが民主主義の一部なのだと思います。人々が自由に集まり、団体をつくり、自分たちの意見を表明し、社会に働きかけることができる。そのこと自体が重要です。
それは、ストックホルムの街を5万人もの人々が歩く大規模なデモという形をとることもあります。
地域の小さな市民団体かもしれません。
障がいのある人の当事者団体かもしれません。
家族会や、高齢者団体が自治体の政治家と年に数回話し合う高齢者協議会かもしれません。
時代によって課題や活動の形は変わります。
しかし、人々が自ら組織し、社会に関わろうとする伝統は続いています。
スウェーデンの社会、そしてスウェーデンの福祉を理解しようとする時、法律や行政制度、自治体のサービスだけを見るだけでは十分ではありません。
その周りにいる人々や、市民団体にも目を向ける必要があります。スウェーデンの福祉社会は、市民のために一方的につくられてきただけではありません。
多くの場合、市民自身がその福祉社会をつくる側に参加してきたのです。
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